介護者家族 [感じたこと]

前回の「特養は必要か?」に関して多くの質問が来た。「介護者が置き去り」「介護者のことを考えていない」~「確かに!」「共感する」まで色々と。

このやり取りを待ち望んでいた私にとっては有難い。

今まで認知症本人に関連することを取り上げてきたが、ちょっと今回だけ介護者家族支援について感じていることを書いてみる。

もともと、介護保険サービスは本人が利用するためのものであって、介護者の負担軽減は結果であり目的ではないはず。それでもケアマネの多くは、介護保険サービスが介護者の負担軽減に重点を置きがちだ。

だからケアマネは「奥さんが倒れたら大変ですよ。少し休憩の意味でも、ご主人にショートステイに行ってもらいましょう。」とか、「特養へ入所する際に、慣れておいたほうが良いですからね。」と丸め込む。まるで、教科書でもあるかのように、多くのケアマネはこの決め台詞を使うのだ。

行ってもらいましょう=本人の意思は?

慣れておいたほうが良い=入所に慣れるもクソもあるか!
 
とケアマネの悪口はここまでして、介護者の負担軽減を本気で考えなければいけない。私が考えていることはサービスの目的を完全に分離し、同じ介護保険法の中に2種類設ける。
一つ目は本人のため。
二つ目は介護者のため。
 
本人が本当に利用したいサービス、または本人にとって本当に必要なサービスと、介護者の負担軽減を目的とした介護者が利用できるサービスだ。本人不在でも利用可能ということを前提として、例えば、

ホームヘルプ・・・疲れたとき、少し休みたいときに介護者の変わりとなる。もしくは家事等の日常生活に必要で負担になっていることをヘルパーさんが担い、介護者は休息。

ショートステイ・・・本人と少し距離を置きたいとき、休みたいときに介護者が宿泊できる行政提携旅館やホテルタイプ。1泊2日~

温泉エステ・・・認知症本人の介護者認定証を提示すると、月内一定回数、予め指定された温泉施設の中で気分転換できる。

その他にも色々あるが、訪問介護・ショートステイ・通所介護の介護者バージョンと考えると想像しやすいだろうか。

介護者に関することで、有名な事件がある。知っている人も多いかと思うが、何年も前のことだからこそ、風化しないようにしたい。↓
http://www.youtube.com/watch?v=QLjXRMoM7Ec 

介護保険法でいう「社会全体で支え合う」の範疇には、本人はもちろん、介護者も含めて社会全体で支え合うものだと私は考えている。
 
地域や町全体が特養になれば・・・と前回締めくくったが、特養機能を地域や町全体が持つようになれば、施設へ入所させてしまった罪悪感も生まれず、本人の意思も尊重され、家族の介護負担も軽減されつつ、財政面も安定する。もちろん、認知症本人が一人で好きに買い物もできて、認知症でも安心して暮らせるまちになる。長くなってきたので、詳しくは機会があれば。

社会全体で支え合うまちと介護保険制度。皆で真剣に考え行動していく必要があるのではないだろうか?

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ygracia

前記事のタイトルを見たときに、口が「へ」の字になりました。
だって、現実、家族がいる人も家族がいない人もひとりで生活できなくなったときに、どこに行ったらいいのですかということ。
北欧のような理想的なサポート体制ができたとしても住居仕様、日本人の倫理観、定着するまでに様々な問題もあるだろうし、、
私たち家族にとっては今、困っていることがやまのように
あるのに、、って思ったのです。今の今、苦しんでいるって
いうことです。
父在宅介護中から、ショートステイは、家族のためにあるんですって、施設長からも言われました。
もちろん本人の意志が大切ですが、そのためにまた来てもらえるために努力を怠らないと意志表明もありました。
ターミナル期になるとショートステイを目標に、
がんばってた自分がいました。友達もそう。
介護家族のための支援と本人のための支援を別に考えるというのも、うちの区で慰労会みたいのがあるけど、じゃあ
その時、本人はだれが見守りにきてくれるの?って
何年も思ってますけど、かわらない。
家族自身で作り上げる支援体制っていうのもありますね。
ここも見てみてください。
http://lewyoshaberikai.blog89.fc2.com/
by ygracia (2011-07-14 16:07) 

Maechan

>ygraciaさんへ

貴重なコメントありがとうございます。
確かに、家族にとっては今の今、困っていてどうにかして欲しい辛い状況だというのはわかります。

ただ、その場しのぎの対応をしていると、結果として問題先送りになってしまいます。

そうではなく、問題を根本的に変えていく必要があり、それには一朝一夕にはできません。

北欧のような理想的サポートは、高負担高福祉が原則です。ここで目指そうとしているのは、地域が一つとなって、入所と在宅が一緒になり尚且つ家族負担も減らしていくことです。

例えば中学校区に1箇所のステーションを創設する。そこには医師や看護師、ケア職とケアマネがチームとなってグルーピングしていく。

在宅でチームケアが必要な人をしっかり把握して、地域をラウンドしていく。

また家族の負担を減らすべく、家族対象のサービスを提供し、離れる時間も創設していく。

確かに現在のショートステイは家族のためにあるものです。決して本人のためにはありません。

帰宅する頃には混乱や心身状態の低下はよく見受けられます。「行かせたくないけれど、自分の体がもたない。」といった意見も良く聞かれます。

だから仕方がなくではないような状況にしたい。

お互いにとってメリットがあり、デメリットはない、そんな地域があれば素晴らしいと思いませんか?

それには少し時間がかかります。

今を変えることに100%ではなく、未来を変えることに力を少し注いでみるというのが、私の考えです。

サポートセンターの牧野さんとは何度もお会いしております。そして数えきれない程の家族ともお会いしています。
そんな中で、考えに同調してくれる方も多くいます。

やはりネットでは伝わりにくい部分もあるのですよね。実際に直接顔を見ながら話したほうが伝わることもあります。

どこかでお会いできる機会があるとは思いますが、是非そこの場では、色々と多くの人と討論できればと考えております。

長々と失礼いたしました。
by Maechan (2011-07-18 23:50) 

ygracia

maechanさん、認知症の方を取り巻く社会や環境を変えていくということは良く理解しています。
家族も未来が新しい世界になってほしいとは願って、活動に参加される方も大勢います。
現に介護を終えられた方がたの発信も多くありますし、現役介護中でもできるかぎりの活動をなさっている方もいます。

ただ、私が数年前に地域認知症サポートブリッジでレビーの父の介護経験から、「地域支援の輪」が必要だと話させていただいてから、何が変わったのだろうかといつも考えています。
介護難民が増えている現実、訪問診療からも見放される、
そんな現実をどうしたらいいのかと。家族にも認知症の方にも明日が見えない、そして今が、大切だということ。
だから支援体制を家族を支えてくれる人々、ひとりづつに
訴えて理解していってもらうしか、今は方法がありません。

でもひとつだけ、大きく変わったことは、maechanさんの
ように、支援体制を真剣に考え、行動する方が情報発信を
してくださるようになったこと、だと思います。

私たちの会もレビー家族からの目線ではあるけれど、私や仲間が経験した同じ苦しみを少しでも繰り返さないようになればと、そして認知症の方を取り巻く社会が変化するように
微力ですが、がんばってます。
いろいろなグループの活動があって、いろいろな立場から、できるところから、ですけれど、
たどりつくところは同じだと思ってます。





by ygracia (2011-07-19 02:20) 

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